巻貝にも潜む「貝毒」のリスク ― サザエは本当に安全か?
私たちの食卓において、貝類は欠かせない存在です。春の潮干狩りで楽しむアサリ、冬の鍋に登場するカキ、そして磯の香りとともに炭火で焼かれるサザエの壺焼きなど、貝類は四季折々の味覚として広く親しまれています。しかし、こうした貝の中には、思わぬ落とし穴が潜んでいることがあります。それが「貝毒」と呼ばれるものです。

貝毒とは、貝が海中の有毒プランクトンを摂取することによって、その毒素が体内に蓄積される現象を指します。貝自身はこの毒に対して耐性をもっているため、見た目や味には何の異常もありませんが、これを食べた人間には中毒症状が現れるおそれがあります。
貝毒にはいくつかの種類があり、特に日本で問題となっているのは「麻痺性貝毒」と「下痢性貝毒」です。麻痺性貝毒は神経を麻痺させ、重症化すると呼吸困難に陥ることがあります。下痢性貝毒は、激しい下痢や腹痛、嘔吐などを引き起こします。どちらも摂取から1~3時間以内に症状が現れることが多く、しかもこれらの毒素は加熱しても分解されないため、調理による無毒化はできません。
このような貝毒は、アサリやホタテ、ムール貝などの「二枚貝」でよく知られていますが、実は「巻貝」にも毒を持つものがあることはあまり知られていません。中でも特に注意が必要なのは、ツブ貝やバイ貝などです。これらの巻貝は、唾液腺と呼ばれる器官にフグ毒と同じ「テトロドトキシン」を蓄積することがあり、過去にはそれを誤って食べたことによる中毒事故や死亡例も報告されています。そのため、現在では唾液腺を除去した状態で販売されることが義務付けられています。
また、イボニシという磯に生息する巻貝も、食用には適さない種類です。分泌液や体内に毒性を持つ成分が含まれている場合があり、食べると嘔吐や神経症状を引き起こすことがあるとされています。
では、サザエはどうでしょうか。日本各地で広く食用とされているサザエは、基本的には毒性がなく、一般に安全な巻貝とされています。壺焼きにして内臓部分まで食べることも一般的ですが、この「ワタ(内臓)」には強い苦味があり、人によっては下痢や胃の不快感を訴えることがあります。これは毒によるものではなく、胆汁酸や消化酵素などによる生理的な反応と考えられています。ただし、ごく一部の海域や特定の条件下において、サザエが軽度の毒性プランクトンを摂取し、微量の毒を持つことが報告されたこともあります。
巻貝に毒が蓄積される理由はさまざまです。ツブ貝やバイ貝のように他の小動物を捕食する種類では、毒をもった生物を取り込むことで体内に毒素が蓄積される場合があります。また、海水温の上昇や赤潮の発生などの環境要因も毒素の増加に影響を与えると考えられています。
巻貝を安全に食べるためには、いくつかの基本的な注意が必要です。まず、自分で採取した巻貝は、その種類や採取場所が明確でない場合は食べないようにしましょう。特にツブ貝やバイ貝を食べる場合は、内臓や唾液腺を必ず除去する必要があります。また、サザエについても、苦味の強いワタは無理に食べず、自分の体調に応じて判断することが大切です。潮干狩りや磯遊びの際には、自治体や水産庁が発表している貝毒の出荷制限や注意情報を事前に確認するようにしましょう。
貝類は自然の恵みであり、日本の食文化を支える重要な食材です。しかし、自然の食材だからこそ、環境の変化によって予期せぬ毒性を帯びることがあります。見た目や味では判断できないからこそ、正しい知識と情報をもって、安全に楽しむことが大切です。種類、部位、調理法、そして採取場所——それぞれに注意を払うことで、巻貝の美味しさを安心して味わうことができるでしょう。
